CHANEL ROUGE ALLURE 24 EVOCATION


by arrive_at

<   2007年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

 今月の3月20日から6月17日までレオナルド・ダ・ヴィンチの展覧会が開催されています。

 レオナルド・ダ・ヴィンチ ―天才の実像


■東京国立博物館
  第1会場: 本館 特別5室
  第2会場: 平成館 特別展示室

■2007年3月20日(火)-6月17日(日)

■午前9時30分-午後5時
  (ただし金曜日、4月27日(金)-5月6日(日)は午後8時まで、土・日曜、祝日は午後6時まで/入館は閉館30分前まで)


 
 私も昨日3月28日に行ってきましたので、感想を書こうと思います。

【準備】
 入場券は前もって買っておく。
 金属探知機でのチェックがあるため、危険なものは持っていかない。
 当日は9時30分開館なので、早く行って並ぶ。

【当日】
 8時30分にJR上野駅動物園口で友達と待ち合わせ。
 東博(東京国立博物館)では入場券売り場の列と、すでに入場券を持った入館の列に分かれているので注意。
 平日8時45分で前から30人目ぐらいだった。4列で並ぶ。

【開館】
 開館10分前ぐらいに、係員に従って前庭まで誘導される。
 本館の「受胎告知」の部屋に入室する前に荷物をあずけて金属探知機のゲートをくぐる。
 持ち物は鞄の口を開いて係員に見せる。
 音声ガイドを500円で借りる。



 このような状態で「受胎告知」と対面できました。つづら折の見学通路が坂を下りるように作られているので、遠くからも見ることができます。絵の前にはガラスがありますが、反射がないのでとても見やすい状態でした。通路は2列か3列で通過しますが、絵に近い側は満員で停滞しているので、2列目ぐらいでやや立ち止まりながらもゆったりと見るほうが、ストレスは感じなかったと思います。混雑による前後左右からの圧迫って、気持ち的にもストレスが高まりますものね。

 絵の感想は、それはたいしたもので、筆致もよくわかり、絵の具も鮮やかという感じで、写真や画像よりも青っぽかったと思いました。レオナルドが20才の時に描いた絵というのは、その天才ぶりに驚くことでしょう。15世紀の作品とはいえ、その保存がいいのはイタリアの美術館の努力の賜物でしょうか。

 本館ではこの絵画一点だけですが、次に平成館ではレオナルドの科学に対する取り組みを展示しています。現在では科学と思想とは分けていますが、レオナルドの時代には宗教による支配が強いようで、科学的な考え方や実証という点でも理解されていたかどうか疑問です。

 「魂は脳に宿る」 というタイトルの展示を見ましたが、今では精神用語と医学用語は分けていますので違和感がありました。それでも、脳内に思考する働きがあり、感情も思想も全て脳の働きによるものだと、その当時は言っても信じられなかったのではないでしょうか。

 また、レオナルドのデッサンは正確で緻密ですが、そういった芸術性だけでなく、人体の比率や解剖による人体の構造の把握なども行い、数学的、物理的、医学的な要素が研究されていたようです。

 ざっとした感想ですが、天才の仕事が網羅され、発明発見されたこともたくさんあり、何でも研究家というような印象を持ちました。


 当時はレオナルドのことを人々はどのように評価していたのかが気になります。





 
[PR]
by arrive_at | 2007-03-29 13:20 | 東京国立博物館
 春めいてきた今日この頃ですが、そんな時にはサンドロ・ボッティチェリ作「春(プリマヴェーラ)」などを画集で見ながら、ヨーロッパの中世の時代、15世紀前後のルネッサンスの作品を思い起こすのもいいものです。

 しかし、ルネッサンスって何でしたっけ。

 
 ルネサンス(仏: Renaissance 直訳すると「再生」)とは、一義的には、14世紀 - 16世紀にイタリアを中心に西欧で興った古典古代の文化を復興しようとする歴史的・文化的諸運動を指す。また、これらが興った時代(14世紀 - 16世紀)を指すこともある。
 イタリア・ルネサンス以前の時代にも古代文化の復興運動があったとして「○○ルネサンス」と呼ぶこともある。日本では長らく文芸復興と訳されてきたが、(文芸のみでなく広義に使われるため)現在では余り使われない。  (Wikipediaより)



 西暦が始まってから、ローマ時代、初期キリスト教、ビザンチィン、中世初期、ロマネスク、ゴシックと時代と様式が変わる中、次々と天才芸術家が現れたのでした。ローマ・ギリシャ美術の模倣だけでなく、自然の美、現実世界の価値観の再発見など、新しい人間中心主義の世界観をあらわすことになったようです。

 イタリア・フィレンツェという商業都市には今も有名な作品が集められていますし、その栄華の名残が感じられるそうです。残念ながら、行ったことはありません。


 作品の紹介はさて置いて、有名な画家や彫刻家の活動時期を整理してみました。

 ドナテルロ  (1380-1466)
 フラ・アンジェリコ  (1400前後-1455)
 ボッティチェリ  (1445-1510)
 レオナルド・ダ・ヴィンチ  (1452-1519)
 ミケランジェロ  (1475-1567)
 ラファエロ  (1483-1520)
 ティツィアーノ  (1490-1576)

 それぞれの影響が作品に表れ、そして、お互いを意識しながらの活動だったとも言えそうです。

 
 ルネッサンスを考えると、その前に紀元前500年ごろのクレタ・ミュケナイ・ギリシア文明で見つかった彫刻などの素晴らしさがより分かりますし、また、このころに作られた青銅での作品が錆びてしまい、300年後ぐらいにローマ時代に大理石による復刻彫刻の技術も見逃せません。

 そして、15世紀に新たに彫刻や絵画による表現が華開いたというのは、やはり芸術が時代を刺激し続けているということでしょうか。現代もまたその時代の刺激を受けながら、試行錯誤の連続ではないでしょうか。歴史は振り返って分かるもので、時代の進化はその最中はあまり良くは分からないのかもしれません。

 古くて新しい言葉であるルネッサンスですが、その時代の作品の美しさと素晴らしさが今でも見ることができるのが嬉しいことですね。私にも、ちょっとイタリアに行こうかといえる日が来て欲しいものです。
[PR]
by arrive_at | 2007-03-29 12:17 | 東京国立博物館

地球って何だっけ

 数日前にジュール・ベルヌ作「地底旅行」という本を読み終えました。岩波文庫455ページ840円という、どこでも買える文庫本です。

 2月末に突然東京ディズニーシーに初めて行き、地底旅行をモチーフにしたアトラクション「センター・オブ・ジ・アース」を楽しみました。ディズニーランドの行列はどこでも同じようなもので、同行者と何かしらの会話をして暇を潰しながら、そのかたわら、洞窟の中を進みながら科学者が研究したであろう実験室や実験道具などを覗き込んでは行列の暇つぶしをしていました。

 このアトラクションは私にはけっこう合っていました。ディズニーランドのビッグサンダーマウンテンと同じようなジェットコースター式の乗り物です。スプラッシュマウンテンも同じようで、こういうタイプはお手の物です。そういう理由で気に入ってしまったので、あとでこの原作を読むことにしました。

 あらすじはあまり書かないほうがいいのですが、登場人物は伯父の鉱物学者のオットー・リーデンブロック教授、甥のアクセルというやはり鉱物学の研究者、そしアイスランドの狩人で火口から地底探検まで冒険を共にするハンスの三人です。

 この作品の面白さは科学研究のための冒険といえば簡単ですが、地球の内部は熱いか冷たいかということについて教授と甥はそれぞれ違う意見を持ち、その証明をするために古文書を頼りに出かけるのです。娯楽というにはたいへん興味深く、そして、やはりそれは科学者のレポートとは違ったことはいうまでもありません。是非読まれるといいですよ。

 
 さて、4日ほど前に東京国立科学博物館を訪ねました。「花 FLOWER~太古の花から青いバラまで~」が3月24日から開催され、その初日に行ったのです。

 太古の花ということで、3億5600万年前のシダ類の化石から始まっています。地球の歴史は46億年前ぐらいに出来たそうでマグマの海といわれるように温度が上昇していたそうです。40億年前には大気が冷え水蒸気が雨となり海が誕生したそうです。そして、38億年前には青い海、青い空、固い地殻という地球が完成したそうです。人類は約600万年前に現れたそうです。

 参照: 地球の歴史


 普段はあまり気にもしない地球について、地底旅行の本を読んだり、花の展覧会に出かける機会があったので、少しだけ調べてみました。いつもは人類が文明を残した歴史ぐらいしか調べませんので、たいへん勉強になりました。

 科学はやはり理科の分野ですので私には歯が立ちませんが、それでも勉強は何かの足しになるのだろうという気がします。
[PR]
by arrive_at | 2007-03-29 10:55 | 国立科学博物館
 ユン・ソクホ監督の純愛ドラマの「四季シリーズ」第3作目としてのこのドラマは、良くも悪くも美しい純愛という感じでした。脚本のチェ・ホヨンのストーリーも現実によくあるようなシーンが多く、その台詞にも無理のない、感情が細やかだけどストレートな表現だったと思います。

 私はそれほど映画やドラマを研究しているわけではないので、作品の批評はど素人ですが、それでも、この4部作の中では素直な内容だったという気がします。

 昨晩は「春のワルツ」が最終回で、そのストーリーの複雑さと、それに反してゆったりとしたドラマの流れを楽しんでいましたので、どうしても4作品を比較してしまいます。やはり「冬のソナタ」のドラマチックな展開は素晴らしく、いつまでも話題にされると思います。そして、「春のワルツ」の方はこれからの再放送でもっと人気が出ると思います。

 「秋の童話」はDVDで一気に観たというのも関係してか、印象に薄い気がします。そして、この「夏の香り」の素直なぐらいストレートな純愛は、少し子供っぽいようでもあります。 しかし、主役の美男美女度は一番高いのではないでしょうか。

 このドラマの中で一番いいと思ったところは、ミヌの真面目で謙虚なぐらいの愛の表現が素敵でした。ソン・スンホンというかなり派手な顔立ちの俳優がもし暴走した役をしたら、それは本当にイタリア男のあにきぶりになって、雰囲気の違ったものになったでしょう。それだけ、いろいろなイメージを持ち合わせた俳優ということなのでしょうか。

 また、ソン・イェジンのお人形のようなスタイルや顔立ちは人目を惹くものがあり、美しい女優発掘という感じもします。悲しくおとなしい役だけでなく、この人には青春スポーツものか何かで、歯を食いしばるタフな役を演じるのも面白いかなと思いました。例えば、「アタックナンバーワン」のような感じで(笑)。

 ど素人の感想なのでいい加減ですが、それでもいつも韓国ドラマのバイタリティーには感心してしまいます。ドラマの作り方にも細部まで力が入り、これでもかこれでもかという強さが感じられます。日本のドラマはみんなでなぐさめ合うような、そんな弱くデリケートなところがよくありますが、もともと韓国はタフな国民なのでしょうね。

 日韓共同開催のサッカーw杯の時の韓国の熱狂的な様子を思い出しながら、ソン・スンホンが何度アン・ジョンファンに見えたことか。はっきりくっきりした顔立ちがなかなか印象的でした。



 


 さて、最終回の始まりはヘウォンが病院に運ばれるところからです。


---------------------------------------------
 ヘウォンはすぐに病院へ担ぎ込まれる。ミヌもヘウォンについて病院に駆け込むが、意識の戻ったヘウォンに会う前にチョンジェに追い返されてしまう。

 ヘウォンの容体は重く、意識は戻ったものの再度心臓移植を受けない限り、助かる見込みはない。しかし移植を受けてもいい結果が出るという保証はない。「移植を受けて苦しみながら死ぬよりは、死ぬまで自分の足で歩きたい」と手術を拒否するヘウォン。

 自分のカではヘウォンを説得できないと悟ったチョンジェは、ミヌに助けを求める。カラー・リゾートにあるプロポーズの小部屋で「お願いだから手術を受けてほしい」とミヌに言われたヘウォンは、苦しむ姿を見せたくないからと、ミヌが自分のそばを離れることを条件に手術を受けることを約束する。

 約束通りヘウォンから離れイタリアに渡ったミヌは、チョンジェからヘウォンが亡くなったと言う知らせを受ける。だが、それは嘘だった。闘病生活で苦しむ姿を見せたくないヘウォンが、チョンジェに頼んで嘘の連絡をしてもらったのだ。

 時が流れ、すっかり元気になったヘウォンは、チョンジェといい友だち関係を築いていた。デプンとジャンミは結婚し、チョンアもミヌのことを忘れて別の人と結婚。そのチョンアが新婚旅行に出発する日、ミヌが新しい仕事のために韓国に戻って来る。

 ミヌに連絡を貰ったチョンジェは嘘をついたことを後悔し、ヘウォンに会うように勧めるが、ヘウォンは首を縦には振らない。ウネの心臓がなくなった今は、ミヌに会ってももうときめかないかもしれない。そうしたら、今まで信じてきたミヌとの愛が嘘になってしまう。ヘウォンはそれが怖いのだ。

 しかしある日、ヘウォンとミヌは偶然、街ですれ違う。人ごみに紛れ、いったんは気づかずに通り過ぎるが、胸のときめきではお互いを感じ、2人は再会する。
---------------------------------------------




 今更ながら、ヘウォンは心臓が悪いということで手術やその後の不安が付きまとうという問題を抱えていることを思い出させました。

 体が悪いということは、生活するうえで本人の負担も大きいこともさることながら、周りでサポートすることの負担も当然大きいものです。ただ心配するということだけではなくて、手術の費用、看病、そして毎日の生活の中で気遣うという事も含めて、やはりたいへんなんだなあと改めて感じました。

 私も2年前から狭心症になり、発作の苦しさや検査の為の入院を経験し、本当に手術室に入るのはいやだという気持がよく分かります。手術後の養生生活もたいへんでしょうしね。私の場合は腕にパイプを差し込まれカテーテル検査しましたが、それを抜いたあとの止血がたいへんでした。麻酔が切れて、痛くてのたうち回っていましたから。

 そんなことを思い起こすと、ドラマのストーリとは別に、やはり病気で苦しんでいる人のたいへんさを想像してしまいます。心臓の手術というのは本当に大変なのでしょうね。


 さて、「夏の香り」も終わりの時が来ました。何気なく見始めたのですが、やっと終わったというのが感想です。途中の展開に多少飽きたこともありましたが、これも作品の一つだと思うと、こじんまりはしていましたが、なかなか純なところに徹した作品ではなかったかと思います。

 4月には「春のワルツ」がまた放送されますし、それまではしばらくお休みをしたいと思っています。

 また、お会いしましょう。
[PR]
by arrive_at | 2007-03-02 12:28 | 夏の香り 2007
 長い冬のちょうど真ん中に当たる2月が終わりました。

 28日しかない短い月でしたが、このドラマを楽しみながら平凡な日々を送るというのも、それはそれで有意義だったように思います。このドラマは明日で最終回ですね。

 私は私なりにブログを続けながら日常の徒然を書き記すということで、その時間を確実に送ったのかということを感じています。ドラマの進展とは別に、毎日の出来事の方が忙しく、また、変化に富んでいたようにも思います。

 今日は3月1日で、高校の卒業式がこの数日であちこちで執り行われることでしょう。今朝のニュースに卒業式に行く高校生を乗せた列車にトラックがぶつかり、48人もの怪我人を出したということで気が付きました。晴の日に残念な事故ですが、現実は容赦なく人に襲いかかります。

 高校の卒業というのは、ある意味、自分が過ごした地域、家族、友達との別れでもあります。特にこれから遠くへ巣立っていく人にとっては、嬉しくもあり、寂しくもあり、喜びと不安を感じる時期でもあるのでしょう。

 しかし、卒業は、これからの長い人生においての節目であり、また、それはただの通過点でもあるかもしれません。遠い先で振り返ってみて、その時をどのように過ごし、また、何を得たのかを知る日も来ることでしょう。育ててもらった親や周りの人への感謝と、がんばった自分を称えて過ごすのもいいものです。明日からは新しい旅立ちです。ご卒業、おめでとうございます。

 そして、当の昔に卒業した人にとっては、懐かしい思い出を辿ることでしょう。私の場合も、自分の生まれ育った町を出て、知らないところで新しい生活をスタートし、そのさみしさと不安に泣いた日もありました。そして、いつの間にかそういった弱い自分が鍛えられ、たくさんの人と出会い、失敗や挫折と共に発見と自信を徐々に手にしていったとも言えるのでしょう。最近は、ふるさとの町の名前も少しずつ忘れかけ、反対に今住んでいる町の名前をたくさん覚え、ごちゃごちゃした地下鉄の路線図を覚え、何より現在の私を理解してくれる友達が出来ました。

 「人間いたる処青山あり」という言葉もありますが、どこがお墓になったとしても、私のことを少しでも覚えてくれている人がいるということが、一番嬉しいことではないでしょうか。

 このブログもいつかは消えることもあるでしょうけど、それでも、誰かが覚えていてくれることもあるでしょうから、そういった出会いが一番嬉しいと思っています。

 思いついたら行動し、行動したあとは反省し、反省の後にまた計画をするというこの繰り返しが、そして、堂々巡りではなくてそれがスパイラルのように前に進んでいくことが出来ればいいですね。ブログに限らず、生きかたのサークルとしてこれからもがんばろうと思います。







 さて、習字の勉強を10時までしていましたので、5分間見逃しました。

 それにしても、ミヌの揺れ動く心は当然でしょうね。諦めたくても諦めきれないというのはそれこそ意思とは別のところにあるのでしょう。それでも、人は悩みぬいて決断をするときがあります。その結論よりも、そこにいたるまでが大事だというのは、本人にはすごくよくわかっているのですね。ただ、周りの人はそこまで本心を読み取らずに何とでもいいますが。

 いよいよ、二人は別れるのでしょうか…。


-------------------------------------------------
 ミヌはヘウォンに会いに行き、自分が愛しているのはウネではなくヘウォンだと訴えるが、ヘウォンはミヌにシム・ヘウォンとして愛されたことは一度もないと、再ぴミヌを突き放す。

 もう諦めるしかないと思ったミヌは、当初ヘウォンと2人で行こうと思っていたイタリアヘ独りで行くことを決意する。一方、ヘウォンとチョンジェの結婚の準備は着々と進み、9月7日に日取りも決まる。だが、それは奇しくもミヌがイタリアに発つ日だった。

 ある日、ヘウォンは結婚の報告をしようとウネの実家を訪れる。帰り際、ヘウォンはもうすぐミヌが来ることをウネの父から聞かされるが、自分が来たことは言わないでくれと言って帰っていく。

 帰る途中、向こうからミヌが来ることに気づいたヘウォンは、慌てて林の中に身を隠す。ウネの実家に着いてヘウォンが来たことに気づいたミヌは、急いでヘウォンを追いかけるが、ミヌの目の前でバスに乗り、去ってしまう。

 結婚式当日。デプンの車で空港に向かっていたミヌは、最後に一目ヘウォンの姿を見てからでなければ出発できないと、デプンに頼んで結婚式場へ向かってもらう。そこで少し離れた場所からヘウォンの美しい花嫁姿を見ると、再び空港へ向かおうとする。

 だがその時、心臓の高鳴りでミヌがそばにいることを感じたヘウォンは、もう一度だけミヌに会いたいと必死で彼を捜す。しかし見つけた瞬間、ミヌの車は発進してしまう。

 ヘウォンは夢中で追いかけるが、突然胸を押さえ道路の真ん中で倒れてしまう。
-------------------------------------------------



 ミヌの悩みきった顔にも慣れてきました。ちょっとヨンさまの冬ソナの後半を思わせる感じですが、ここで明るい表情の場面は簡単には入らないので、出来れば楽しかったころの回想の場面を見たいところです。

 ミヌがヘウォンを追いかけて山道を駆けるシーンは、なかなか逞しくてよかったと思いますが、最近の日本の若者のスリムでだらだらした格好よりは、よほど好感が持てますけど。おばさんとしては。

 そんな私の好みは別として、やはり結婚を決断したヘウォンのつらい顔を見ると、引き離される運命の二人というのは可哀想なものです。ドラマだから事情がよく分かりますが、現実にもやはり恋愛で悩む人は多いでしょうね。悩んで食欲も湧かないというような事もあるかもしれません。今の私にはそんな悩みはかけらもありませんが。

 それから、ウエディングドレスというのは素敵なものですが、普通は静々と歩くだけでしょう。出来れば、一度は裾をたくし上げて思いっきり走ってみたいものですが、そんな姿が画面に映し出され、そのドラマチックなシーンに何だかジーンと来てしまいました。花嫁というのはその格好だけでも、誰から見ても社会的な儀式、セレモニーですから、それがどんな緊急事態かということは、誰の目にも想像がつくことでしょう。

 デプンの車に乗ったミヌが、サイドミラーから心配そうな顔で後ろを見ていましたね。ミヌは一体どうするのでしょうか~。



 明日も目が離せません。
[PR]
by arrive_at | 2007-03-01 13:21 | 夏の香り 2007