CHANEL ROUGE ALLURE 24 EVOCATION


by arrive_at

昔日のローマ #11 セルヴィウス・トゥリウス

 第五代王タルクィニスは紀元前615年から579年でした。その跡を継ぐセルヴィウス・トゥリウスは先王の養子でした。そして実子を王にはせず、この優秀なセルヴィウスが高い評価を受けていた先王の後を継いだのは、ローマにとっても良かったのではないのでしょうか。

 血筋よりも能力を評価したというのは政治ではたいへん重要なことですね。

【六代目の王セルヴィウス・トゥリウス】

 先王タルクィニスの後を継ぎ、「セルヴィウスの城壁」といわれるローマ全体を守る城壁が作られました。7つの丘を囲み、外からの攻撃に耐えられるということです。

 また、アヴェンティーノの丘に狩りの女神ディアナの神殿を建て、その立派さに他者もローマに入り詣でることができました。

 軍制の改革としては、市民は軍役を努めることで税金を払うということの代わりにしました。そして、投票権を与えます。

 干拓地だったところに、軍神マルスから取った「マルスの広場」(カンプス・マルティウス)を作り、軍団の集結地と市民の投票場としました。

 軍制=税制=選挙制

 戦力を知る為に人口調査をしました。ローマでは100人隊という最小単位で一票とし、小選挙区制としました。ギリシアのアテネは一人一票だったのです。

 また、16歳未満の未成年男子、軍務を終えた60歳以上の老齢者、女、奴隷、子供しか財産がない者はプロレターリという無産者としました。

 セルヴィウスは戦法を確立しました。ローマ軍は前衛・本隊・後衛に分かれ、前衛は敵とぶつかって戦線を乱し、本営は主力の重装歩兵は勝負をし、いざとなれば3番手の後衛が駆けつけるという戦法です。騎兵は機動部隊として活躍しました。

 そうして、ローマ軍団の合理的な戦法によって周辺の部族にも勝ち、44年間の治世も終わりました。
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by arrive_at | 2007-11-02 18:10 | イタリア