CHANEL ROUGE ALLURE 24 EVOCATION


by arrive_at

昔日のローマ #10 タルクィニス・プリスコ

 第四代王マルティウス・アンスコは紀元前641年から前」616年まで治めていました。その後を継いだのが良くも悪くもタルクィニスで、その後の家系の悲劇も含めると、歴史としては面白いものがあります。というのは、王とはいえ人間ですから、いい人もいれば悪い人もいるということでしょうか。

 自分のことを振り返ってみても、同じ血筋なのにこうも考え方や性格が違う者がいるのかと、悲しさと共に笑いさえこみ上げるのです。

【五代目の王タルクィニス・プリスコ】

 タルクィニスは裕福なエトルリア人であったようで、たくさんの家財道具と使用人たちを引き連れて、ローマにやってきました。

 タルクィニスの父はギリシアのコリントからエトルリアに亡命し、母はエトルリアの位の高い家の出身です。

 両親から相当な財産を受け継いだタルクィニスは、王アンスコの遺言執行人に指名されます。そして、その後王に自ら立候補します。

 ローマの市民の生活水準も向上し、町も大規模な開発がなされます。

 丘と丘の間の湿地帯には地下水道、干拓事業で平地になり市場になります。地下水道をふさぐ石の舗装がなされたり、公共の建造物もできます。

 フォールーム・ロマーノム、フォロ・ロマーノが誕生します。 大競技場(チルクス・マクシムス)、 カピトリーノの丘に神殿の建設、オスティアなどテヴェレ川の河口に港を持ち、民族別の丘も交流がなされました。開発事業はローマ軍兵士の仕事でした。

 干拓、地下水道、道路舗装、神殿などの技術はエトルリア人の技士から伝わったようです。農耕民族から技術者へと変わり、土木事業の資材はエトルリアから運ばれたようです。

 王タルクィニスは奴隷の子を養子にし、王タルクィニスが暗殺されるや、妻は実子よりもこの子供セルヴィスを娘の夫にし、王に即位させました。

 利発で勇気ある子だと、タルクィニスには先見の明がありました。そして、37年間の治世でした。
[PR]
by arrive_at | 2007-11-02 17:44 | イタリア