CHANEL ROUGE ALLURE 24 EVOCATION


by arrive_at

昔日のローマ #7 ヌマ

 紀元前753年から前715年の39年間に、ロムルスはローマの王としてその国を治めました。

 何もなかったテヴェレ川の東側も町になり、人口も増え、ローマという小さな都市がはじまりました。

 ロムルスの跡を継ぐのは誰でしょうか?

【ニ代目の王 ヌマ】

 ロムルスが暗殺されたかどうかはわかりませんが、そのあとに王になる人はどんな人だったでしょう。

 ローマ人の期待を込めて選ばれた人は、ローマに移住しないで元の地に残ったサビーニ族のヌマという人でした。

 農業に従事しながらもたいへん知識が深く、40歳という年齢だったので本人は断ってはいましたが、元老院の強い要請でローマに来たのでした。

 ローマの王は世襲制ではなく、選挙によって選ばれました。今のアメリカの大統領のようなものでしょうか。

 ヌマの業績は、それまでの暴力と戦争で大きくなってきたローマに、法と習慣の改善を行ったということです。「秩序の確立」ということで、人間としての礼節と自らの力の限界を知ること、また、人間を超える存在への恐れなどを教えようとしました。

 やはりギリシアの哲学などを学んでいたのでしょうか。都市としての暮らしに必要な知識や考え方を整備していったのではないかと思います。

 ヌマの業績は他にもあります。

 門や入口の守り神で戦いの神でもあるヤヌス神殿を建てました。戦争時には出入口の扉は開けられ、平和の時期には閉じられたと言いますが、戦争が続いたローマの歴史では閉じていた時期はどれぐらいだったでしょう。そして、現在はどうなっているのでしょうか。

 ヌマは防衛のための戦いはするけど、普段は農業と牧畜で生活できるようにしようとしました。知的です。そして、ローマ市民をそれぞれの仕事に守り神をつけて、組合を作りました。部族間の抗争を防ぐのに役立ったそうです。

 徐々にローマには他の部族の人も住むようになり、エトルリア人の町もできていました。エトルリア人はいろいろな技術を持っていますから、町が栄えたのではないでしょうか。

 暦の改革は、一年を12ヵ月と決め、カエサルの改正まで650年間使われます。暦はすでにエジプトなどの農業などで使われていたのではないでしょうか。ヌマの知識はやはり他国の文明や文化を学ぶということで深まったのでしょうね。私としても、あらためて学ぶということの大事さを感じます。

 ヌマの業績のなかでは宗教の改革が大きいそうです。

 ローマはたくさんの神がいますが、それらの神々にヒエラルキー(階級)を与えたといわれます。ギリシア・ローマの多神教は人間の行いや倫理道徳を正す役割を神に求めないといわれ、人間並みの欠陥を持つ人々に親しまれる神だったようです。

 ローマ人は守り神として、神に守護を求めたのだそうです。努力する人に援助をするということでしょう。そして、最高神祇官と巫女という神官の組織を整えました。巫女以外は普通の生活をしていて、市民集会の選挙で決まります。

 ユピテル・・・最高神
 マルス・・・軍神
 ヤヌス・・・軍神
 ケレス・・・農業の女神
 バッカス・・・葡萄酒作り
 メリクリウス(マーキュリー)・・・経済力
 アスクレピウス・・・病気
 ユノー・・・幸福な結婚と女の立場の守護神
 ヴィリプラカ女神・・・夫婦喧嘩の守護神

 神様との付き合い方もローマ人は上手いですね。人っていうのはその時々の感情に左右されますが、その度にそれぞれの神様にお願いするのって、気を紛らわしてくれることでしょうから。


 このようにして二代目の王ヌマは本格的な改革をし、43年間の後、亡くなりました。
 
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by arrive_at | 2007-10-23 11:38 | イタリア