CHANEL ROUGE ALLURE 24 EVOCATION


by arrive_at

子音プラスeの発音

 気が付けば日常のあちこちでフランス語の単語を目にします。

 Courregesといロゴの入ったティーポットを何気なく見ていました。

 クレージュと読むのか…。gの後にはeですがジュという発音です。子音の後にeがくればuの発音です。そして最後の子音のsはなにも発音しないのですね。

 定冠詞のleはルという発音でした。lesはレという発音でした。esで終わる時はレでも、gesはジュなんですね。覚えておきましょう。

 こんな程度のフランス語の勉強でいいのかと思いながらもエントリしています。

 さて、そのCourregesというブランドは1961年、アンドレ・クレージュが自身の名を冠したブランドを設立したそうです。

 
【クレージュについて】

アンドレ・クレージュ(Andre Courreges)は1923年、南フランスのナヴァール地方の中心都市ポーの町で地主の息子として生まれる。当初は土木建築学を学ぶが兵役についたことをきっかけに飛行学校で学び、44年空軍パイロットとして兵役に従事。徐々にファッションに興味を持ち出し、第2次世界大戦後にパリに出てファッションを学ぶことを決意。

1946年、パリ高等服飾産業学院に入学し、47年にジャンヌ・ラフォーリのメゾンに入りデザインの基礎を学ぶ。51年、バレンシアガのメゾンに入り、衣裳構築の美学と技術を学ぶ。61年にバレンシアガのメゾンで出会い、後に妻となるコクリーヌ・バリエールと共に独立を果たす。

61年、パリのクレベール通りにサロンを開設して独立。初コレクションのデザインは造形的で、ミニを基調とした明るいイメージで、かつ動きやすい機能性を持たせたものであった。これが 大当りとなって一躍有名になったが、最初の4シーズンはバレンシアガの影響を強受けたものであった。それ以後はソフトで軽やかな傾向が強まる。

64年A/W、「パンタロンルック」を発表、イヴニングドレスとしてパンタロンを提案し、スポーティで機能的な傾向を強調した。「パンタロンルック」は63年にも提案していたが本格的に話題になったのはこの年。65年に「ミニ・ルック」とよばれるミニ・スカートを発表。このミニ・ルックは、それまでオート・クチュールでは表現されず最も醜い身体部分とされてきた膝頭を解放した。これは爆発的なブームをよんだ。(詳細は60年代ファッション)

65年のミニスカートの爆発的なブームに伴い、粗悪なコピーが氾濫。これに失望したクレージュは3シーズンにわたる活動を休止した。


 なるほど、1944年といえば第二次世界大戦でしたね。そしてパイロットとして兵役についていたのですね。
 そして、ミニ・スカート、パンタロンなどの発表をしてブームを呼んだものの、粗悪品の氾濫で失望したのでしょう。活動を中止したのは残念なことです。

 時代は変わり、今ではユニセックスなファッションが多く、歳を取りつつある私の年代でも、普段はズボンというかパンツルックが多くなりました。ある男性が、「女性がスカートをはかなくなったのは、何だか味気ないね」というようなことを言っていましたが、なるほど言われてみるとファッションのセンスは近年がた落ちのような気がします。

 ファッション性が高くないといけなとか、女性らしさを演出しないといけないとか、そんなことばかりを毎日の生活では言っていられませんが、それでもたまのおしゃれという点では何か工夫が必要ですね。

 そういえば、ご近所さんとPC研究会を開いていますが、着物が好きなんでしょうね、さらりと着物でパソコンを勉強に来る人がいます。その方は週末はご主人とよくゴルフにも行くんですけど。

 個人の好みや個性を引き出そうとするには、質の良いものを知り、さらに個人的な美の意識というものが大事なのでしょう。そうすると、今では何でもある時代ですから、選択するセンスと意思ということになってきそうです。
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by arrive_at | 2009-10-06 11:09